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アイノカタマリ。

横雛。坂長。そんなシンメが好き。

「担当」って結局何なのか

12月に入って課題とテストに追われているのに書きたい記事がたくさんある。ブログで3000字書けてどうしてレポートで書けないのか誰か理由を説明してほしい。とりあえずこの記事を書いたら日本史のレポートを書くことにする。

 

 

さて、今日の本題。

最近、「担当」ではなく「リア恋枠」という言葉が出てきている。「担当」とは別で本当に恋愛対象になるような人のことらしい。え、それは「担当」ではないのか…?と思ってしまったが、よくよく考えたらそういう分け方もアリなのかなと思った。

 

定義通りに考えてみた場合、私の担当は長野くんで、リア恋枠は村上くんになるんだと思う。思う というのはリア恋枠を深く考えられないからだけれど、やっぱり私は村上くんを恋愛対象として見るんだろうと思う。長野くんは、「見ていて元気をもらえたり、癒されたり、私たちが鑑賞する偶像として好きな人」だ。

 

英語では、idol = 偶像 と訳される。また「偶像崇拝」という言葉がある。私が長野くんを担当とするのにはこちら側が見たり曲を聴いたりして、一方的に感情を得ることで満足できるからだろう。それがアイドルであり、芸能人であり、手の届かない存在であるから。こちらがお金を出して満足感や幸福感を得られる人のことを「担当」と呼ぶのだと私は思う。

 

一方で、村上くんは「リア恋枠」になる。私はファンサ厨ではないが、ライブなど現場では村上くんからファンに対して何かレスポンスをして欲しいと願ってしまう。何回東京ドームに行こうとも、何回グローブ座に行こうとも、その願いは毎年変わらないのだ。誰のどの団扇やどの恰好に反応していたっていいけれど、「レスポンスをくれる」ということが大事なんだと思ってしまう。当然、村上くんは関ジャニ∞に所属するアイドルで、芸能人で、手の届かない存在なはず。それでも、私は村上くんにファンへのレスポンスを求める。それは、関ジャニ∞がかなり庶民的で私たちに近いからなのか、理由はよくわからない。でも、関ジャニ∞は私たちと同じレベルにいるような気が(勝手に)するし、村上くんは文字通りリアルに恋愛したい枠の人間なのである。

 

余談だが、「レコメン!」では昔、毎週のように「あるなし大辞典」というリスナーと電話で話すコーナーがあった。私は一度そのコーナーに参加したことがあって、ヨコヒナと直接お話させていただいたことがある。その経験も含めて、村上くんは私たちと同じレベルにいてくれると思ってしまうのかもしれない。

 

 

 

私の周りにはいろいろなタイプのジャニヲタがいる。担当=リア恋枠な人、私のように担当≠リア恋枠な人、いろんな人を平等に応援している人、担当はあくまで担当でリアルに恋はしていない人、などなど。どれもジャニヲタのかたちとしてアリだと思う。どれも否定できない。しかしどれでも、彼らはアイドルであり芸能人であり、普通では手の届かない人だということを忘れてはいけないと思う。

 

 

明後日は関ジャニ∞なので、いろいろ肝に銘じて楽しんできます。